壊れたオーブン 2020.6.6

 この春、20年以上連れ添った電気オーブンが、いよいよ疲れ果ててしまった。ちなみにオーブントースターでも電子レンジでもない、「焼く」という単機能だが最高を目指した職人肌のオーブンだ。

私は電子レンジで加熱した食材の熱の質感みたいなものが苦手で、便利だと薄々知ってはいるけれど、これまでの人生でつき合ったことはほとんどない。電子レンジの普及率は97%以上だそうだから、残り3%弱の人間ということか。上等だ。


このオーブンは結婚生活より長くうちの台所にいて、毎日何でも焼いてくれた。トーストも油揚げも魚もラザニアも焼けるし、大好物の鶏肉とじゃがいものローストなんて控えめに言って500回は焼いたと思う。

 丈夫で元気だったのに、ある日ぴたりと下火が点かなくなってしまった。保証期限などとっくに切れているうえ、古すぎて部品もないという。もはや手放すしかないのだろうか。


でも、上火は点くのだ。

「大丈夫、僕まだ働けるよ!」と言ってくれているようで、その健気さが余計に切ない。

なんとかならないかと、ぐずぐず使い続けてみた。しかしトーストが両面同時に焼けず、片面ずつひっくり返すとカラカラに仕上がる。お肉は、まるで日焼けサロンで灼いているみたいに頼りなく色づいていく。

 申し訳ないけど料理にならなず、打つ手なし。というわけで、買い換えることにした。


 メーカーのウェブサイトを開くと、デザインがまるで変わっていた。私は旧型のシンプルな四角形が好きだったのに、新型はなぜかカーブを多用。例えるならカクカクっとした昭和の車が、みんな流線型に変わったような感じというか。ダイアルの色も、同じ赤ではあっても色味がだいぶ可愛くない。

 苦渋の注文はしたものの、届いたオーブンと対面して、じわじわと怖さがこみ上げてきた。

デザイナーは今の時代の美しさを生み出したのだろうし、その仕事を否定するつもりはまったくない。ただ、このオーブンは登場時、名品ともいわれたものだ。多くの人が愛し続けたに違いないデザインも、古くなれば必然的に世の中から削除されてしまう。それは取り返しのつかないことじゃないだろうか。


「ロングライフデザイン」という考え方がある。流行や生産性という視点でなく、時代を超えて長く愛され「つづく」デザイン。新しいものも大事だけど、みんなが一斉にそこへ向かう必要はないんじゃない? というメッセージを込めて、それらを絶やさないよう、デザイナーのナガオカケンメイさんが提唱している活動である。

 単なるノスタルジーでなく、「つづく」ものが持っている普遍に敬意を払いたいということ。もしもそれに気づかず、古い、のひとことで切り捨てているのだとしたら、それは怖いことだ。そしてロングライフデザインは、モノだけでなく、店にも、技術にも、人にも宿っている。


  新しいオーブンとは、せっかくうちにきたのだから少しずつ仲良くなろう。でも私は旧型との日々も忘れないよ。なんて未練タラタラで、まださよならできない彼は台所の隅にいる。