1、2年ほど前から冷蔵冷凍庫の運転音が大きくなってきたと気づいてはいたが、このところとくにひどい。
ジージーからガーガーへ転調し、こちらが必死に聞こえないふりをしていると、そうはさせまいとでも言うようにギギギギギにキーを上げて訴えかけてくる。
狭いわが家では台所脇の1畳くらいのスペースが私の仕事場なので、この原稿もそれに耐えながら書いている。
どうにも気になる。
いや、それ以上に、リモート会議や電話取材などでは私の背後で常に妙な音が響いているのだから、恥ずかしいやら申し訳ないやら。
じつはこの冷蔵冷凍庫、以前このコラムに書いた電気オーブンよりさらに長く、28年も使い続けているのだ。
20代半ば、広告の文章を書く仕事を始めてようやく自分で買った、365リットルの2ドアタイプ。バブルが弾けた百貨店の、縮小した家電売場にぽつんと一台、破格の投げ売りをされていた商品である。
美しいヨーロッパ製だというのに、なぜこんな目に遭っているのか。
「機能がないんですよ」と販売員は言った。日本では、便利で親切な機能がいろいろついている方が人気なのだそうだ。
この冷蔵冷凍庫は、自動製氷もパーシャルもチルドもない。かろうじて庫内に野菜用の引き出しがあるだけの素っ気なさ。
その代わり、「冷やす」と「凍らせる」という基本においては、誠に仕事キッチリなのである。
冷蔵庫は、食材を乾燥させすぎない直冷式。鮨屋や天ぷら屋などでは今なお氷柱でタネを冷やす店も少なくないが、直冷式はそれに近い仕組みである。
冷凍庫に関しては、当時家庭用では珍しかった急速冷凍が可能。食材の鮮度を損なわずに凍らせることができた。
とはいえ、冷蔵庫の寿命は10年前後といわれる。
いつからか庫内の灯りは点かず、真っ白だったはずの扉はいくら磨いてもセピア色がかってしまった。
自慢の「冷やす」「凍らせる」もだんだん調整が効かなくなって、今では温度設定を弱くしても冷えすぎるし、凍りすぎる。とくに冷凍庫は、ゆでうどんで釘が打てるくらいカッチカチになる。油断すると霜に指がくっついて痛くなるので、冷凍庫を開ける時は、心の中で「勝負!」と気合を入れている。
これまで結婚のタイミングや引っ越しの度に、気の毒そうな表情を浮かべた母が「新しいのを買ったら?プレゼントするから」と申し出てくれたけれど、ことごとく遠慮してきたのは長女体質の性か。
いろいろ不便だけど、まだ冷えるし凍る。と言って、本の仕事を終えたら買うから、壊れたら、引っ越したら、と引っ張り続けてここまできてしまった。
しかしついに、来年の夏に引っ越しが決まった。紛れもなく、今度こそ買い替え時である。
今日も盛大な音を鳴らしながら、私たちの食べものを冷やし、凍らせている冷蔵冷凍庫。
きっと最後の日まで仕事をまっとうしようとしているんだ。
そう胸を張る私に、夫は首をひねった。
「なんだか苦しそうで、かわいそうに聞こえるけど」
これは優しさの差だろうか?
0コメント