vol.14 追悼「バッカス」飯塚徳治さん。

この7月、松陰神社前のバー「バッカス」マスター、飯塚徳治さんの訃報が届きました。
昭和5年5月生まれだから、享年88歳。
東京で迎える二度目のオリンピックを、「ひょっとしたら観られるかもしれませんね」とおっしゃっていた。この書籍も楽しみにされて、「一冊いただけますか」「もちろんです!」というやりとりをしたばかりだった。
角道でも曲がるように、こんなにふと、人はいなくなってしまうのですね。

「バッカス」を尊敬する店に挙げてくれた「マルショウ アリク」店主、廣岡好和さんの言葉を借りれば、「生涯現役」。まさに、最後の最後まで「バッカス」のカウンターに立っていました。

今回、初校が刷り上がってきて、「バッカス」の章になったときです。
飯塚さんのプロフィール最後に、私はこんなことを書いていました。
ー「バッカス」は正月三が日以外は無休。若いお客と話しているほうが楽しいからと、飯塚さんは今夜もスーツに蝶ネクタイを結び、カウンターに立つ。ー

ああ、これを書き直さなくちゃいけないんだな。
そう思っていろんな言葉を考えるのですが、考えること自体が痛いんです。飯塚さんの抑えた声のトーン、綺麗な言葉遣いなんかを思い出してしまうと、「飯塚さんはもういない」という事実が痛くて、たった三行なんですけどなかなか書き直せない。

で、もう一回本文を読み返してみたんです。
そうしたら、飯塚さんがそこにいた。生き生きと語り、カクテルを作り、2020年の東京オリンピックを待っている飯塚さんがちゃんといました。

私はようやく安心して、三行を書くことができました。

飯塚さん、たくさんの言葉をありがとうございました。
ご冥福を心からお祈りします。