蕎麦屋のできごと 2019.12.21

   蕎麦屋のできごとである。
   ある休日、夫と遅い昼の蕎麦屋酒をしようと考えて、通し営業の店をインターネットで探し出した。営業時間よし、定休日よし。指差し確認をし、店に着くと、空いている幸運を喜んだ。


「あさりの山椒煮と板わさ、だし巻き玉子と瓶ビールを。お蕎麦は後でお願いします」

   はい、と一度下がった店員はあさりと板わさを持ってやってきたついでに、ラストオーダーなので蕎麦を食べるなら今、注文せよという。

「あれ? 通し営業では?」

   店員は貼り紙を指して、先週から変更になりました、と言った。注文締切まで5分、閉店まで35分。せいろを追加するなら同時にどうぞ、とも言う。初めての店で量もわからないが、焦る夫は、えいっと追加した。

   この時点でだし巻き玉子がまだである。熱々であろう玉子焼きを、蕎麦の前に食べ切れるのか。猫舌の私が恐怖に怯えていると、はたして、湯気を立てるだし巻き玉子と、きりっと冷えたせいろが3枚、同時に現れた。


   ふと、厨房を見た。小さな窓の向こうに二つの人影がある。おそらく蕎麦職人と料理人が一人ずついて、それぞれが自分の仕事をしただけなのだろう。


   だが、食べ手はこう思うのだ。蕎麦は〆に食べたいが、玉子を先に食べれば蕎麦が乾いてしまう。どっちを取るか。そして途方に暮れる時間もない。5分でも、いや3分でも時間差で出してくれれば。

   ああ待たされる蕎麦がかわいそうと涙目になりながら、容赦ない熱さの玉子焼きに舌を焼きながら、ビールを追加。すると店員は、「飲み物も締め切りです」と告げた。


   お店は、決して間違ってはいない。店員は確かにラストオーダー前に注文を取りにきたのだし、飲み物は別だと思い込んだのは私の早合点である。

   それでも私は、「魚竹」のお母さんたちならどうするだろう? と考えてしまった。

   兄弟で営む築地の季節料理屋で、昼はごはんと魚の炭火焼きが評判の店。料理もさることながら、兄弟それぞれのお嫁さんたちの接客が温かい。


   たとえば、焼き魚を食べきる前にうっかりごはんがなくなってしまうと、「ごはん一口だけおかわりしましょうか」なんて一言が飛んでくる。彼女たち曰く、おせっかいな、余計な一言。でも、思い遣るとはこういうことだと思うのだ。


   もし「魚竹」が蕎麦屋ならだし巻き玉子と蕎麦を同時に出すこともないだろうが、仮に出てきたとしたら、「タイミング悪くてごめんなさい」と申し訳なさそうに添えるだろう。飲み物の注文を締め切っても、熱々の玉子焼きを見れば合点し、どうぞと言ってくれるか、一口ビールくらいは出てくる気がする。

   彼女たちはお客の心の声を聞いていて、自分たちからかける一言を惜しまない。

   だから、結果的に玉子と蕎麦が同時にきても、たとえお酒の追加ができなくても、あの店で残念な気持ちになることは絶対にない。


   蕎麦屋の手打ち蕎麦はおいしくて、お酒も素晴らしいリストを持つ店だった。内装もお洒落だし、一つ一つのスペックを見れば優等生だ。

   私たちはこれらを情報と呼ぶが、情報には、「魚竹」にあるような気持ちよさは表れない。

井川直子 | naoko ikawa

文筆業。