『dancyu』の連載「東京で十年。」。今月は「日本料理 九段 おおつか」の10年です。
窓いっぱいに溢れる靖国通りの桜が人気のお店ですが、取材はあえて桜の時季を外しました。それ以外の季節もお店は続いているわけで、たとえば取材時は新緑。目に沁みるほど鮮やかな緑が波のように連なって、私はもしかしたらこちらのほうが好きかもしれません。
メインカットには、ひょろっと背の高い店主の大塚和馬さんが、画角ギリギリに収まっています。プロの騎手を目指していたのに、背がどんどん伸びてしまって断念。25歳から修業を始めた料理人です。
自分より年下の料理人よりタフな「馬力」で、誰よりも長く厨房に立ち、ぐんぐん成長。修業先でスピード出世した後、気立ての良いサービスの女の子・花恵さんと結婚して、2011年4月、夫婦二人で独立しました。
東京の夜が真っ暗だった、あの東日本大震災の直後です。
私は『料理通信』に執筆していた連載「新米オーナーズ・ストーリー」で、開店したばかりのこの店を取材しています。修業先の兄弟子からも、出入りの器屋など業者からも可愛がられ、築地ではいろんな人に助けられる。それはひとえに大塚夫妻の人柄で、有名店でもお客が減って苦しんでいた2011年でも、無名の彼らの店は順調でした。
しかし、それからの10年は次々と大波が押し寄せます。女将でもあった妻の出産、退職。雇用問題とたった一人での営業、自身の病気。そしてコロナ禍。
10年後の取材は3度目の緊急事態宣言下でした。
どんな危機の局面でも、一貫していたのは大塚和馬さんの、愚直とも言える真面目さです。真面目を絶対に失わない、なんと尊いことか。
「飲食の仕事は、毎日、お客さんの喜ぶ顔が見られるんです」
彼は大病をしましたが、料理人をあきらめたことは、一度もないそうです。
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