意味は、あります 2020.2.22

 昨年の初め、重い腰を上げてジムに通った。「仕事でおいしいものを食べられるなんていいね」とよく言われるけど、自分でも本当にラッキーだと思うけど、ツケは必ずやってくる。

 すると、人はどうするか。体重計に載らなくなり、美容院でも鏡を見なくなる。徹底して現実から目を背けるのである。ぽっちゃりしている方がイカワさんらしいという、変な認め方も次第に心地よくなっていく。

 しかし一昨年の年末に何十年かぶりで秋田の友人と再会したとき、彼女たちは懐かしがるより先に大笑いし、開口一番。

「あれー、イカワ丸い!」


 なんと! やっぱりそうか、そうだよね、大きくなったよね私。子どもみたいに正直な人たちだから全然傷などつかず、むしろ屈託のなさに心から感謝した。だって、あやうく裸の王様になるところだったのだから。

 ぽっちゃりじゃない、これは肥満だ。そういえば階段では息が切れるし、片足立ちで靴下が履けないじゃないか。もはや健康的にも非常事態である。

 というわけで、ジムに通った。下げられるハードルは全部下げて、歩いてすぐの範囲で探し、仕事のついでに手ぶらで行ける施設で、いつでも退会できるシステム。素人こそ先生についた方が安全という助言で、思い切ってマンツーマン。

 それでも最初は嫌々だ。練習後に出てくるプロテインがまずいとか、ジムのシャンプーが好みじゃないとか、先生が明るすぎるとか、難癖をつけては辞めることばかり考える私。


 密かに、自分は〝絶対に〟痩せないという自信があったのだ。世の中には二種類の人間がいる。痩せられる体を持つ人と、持たざる人だ。なんてぶつぶつ言いながら通う矛盾。

 しかし先生は無理をさせない人で、これがよかった。仕事で食事制限ができないなら、いつも通りでいい。家で運動する時間がないなら、しなくていい。

 そう言われると気が楽になって、ちょっとだけ気をつけてみようかな思えるから不思議だ。といっても、せいぜい一週間に一度、腹筋を一〇回程度だが。


「あはは。こんな微々たる運動じゃ意味ないですよね」

 冗談を言ったつもりで私が笑うと、明るすぎる先生は、ちっとも笑わずに真顔で言った。

「意味は、あります。ゼロよりいいじゃないですか。やらないより、やったほうが一歩でも近づいているということ」


 ズキン、とした。これまでの私は、無意識に一〇〇以外はゼロだと思い込んでいたのだ。でも、二〇だって一〇だってゼロじゃない。意味はあるんだ。

 そうとわかった途端、世界は変わった。トーストを焼く間に一回のスクワットでも、意味はある。一回できたらうれしくなって、自分を撫でたくなる。

 これは運動だけでなく、仕事でも何においても、普遍の真理だと思うのだ。「意味がない」の一言で逃げ、ゼロにしていたことが私にはたくさんあった。

 こんなことしたって、と思いそうになったら今は、心の中でこうはっきりと言ってみる。

「意味は、あります」

 私の魔法の言葉である。

井川直子 | naoko ikawa

文筆業。