一生ついて行く 2019.8.31

   久しぶりの友人と会った時、お互いの出張やら移動の話になって、彼女の夜行バス旅の顛末を聞いた。

   大人になっての11時間は体に堪えそうだし、と心配しつつも、時間の都合を考えれば唯一の手段。朝着けばすぐ動ける。そう意気投合した女二人旅だ。

 自宅から新宿のバスターミナルまでは程近い。との油断がたたったのか、出発前の自宅待機中、ついうとうとしてしまったらしい。

   すわ遅刻! 走るタクシーから、バスの中で待つ相棒に実況中継しつつ、1分遅れで到着というところまで追い上げた。相棒は「あと1分で着くので待っていただけませんか」と運転手に懇願。だが、バスはきっちり定刻に出発した……。


 本題は、ここからだ。

   バスのいないバス停に彼女が着いた時、相棒は残っていた。自分はちゃんと間に合ったのに、バスから降りたのである。そして申し訳なさいっぱいで走る彼女の顔を見るなり、なんと、「あはは! やるねー」と大爆笑してくれたのだそうだ。

「私はもう、一生ついて行こうと思った」


 そう、一生変わらないほど信じられる人、というのは、わりと瞬間に決まるのだ。

 私にも憶えがあった。

   日本酒の記事を書き始めた頃、雑誌の企画会議に呼んでもらったときのことだ。百戦錬磨の大先輩たちに混じって、畏れ多くも、私は素朴な疑問を口にした。


  はた、と空気が止まった。

〝おいおいそこからですか〟とか〝誰だ、こんな初心者を呼んだのは〟の声が聞こえてきそうで、心臓に滝のような汗をかいたその矢先。

「わかる、その疑問!」

 そう無邪気な笑顔で言い放った、同業の先輩がいた。

   日本酒についてはプロ中のプロであり、答はとっくに知っていたに違いない。けれど、自分も疑問に思ったことがあるよ、と私と同じ場所まで降りてきてくれたのだ。


 他人を否定することで自身のプライドを保とうとする人は多いが、肯定には度量が要る。先輩は何てことなくそれをやってのけ、私は「一生ついて行きます」とやっぱり叫んだ。


 大きな器の片鱗というか、氷山の一角というか、目に見えない大きな裾野を持つ山は、時々ふとその顔を現す。

 先月急逝された、浅舞酒造の森谷康市杜氏を思い出した。

   一度、私のお連れした客人が、ざっくばらん過ぎる態度でひやひやしたことがある。

   杜氏の前ですよ、それ以前に年上の人ですよ、せめて敬語で。とも言えず、心で念じながら、どうか気分を害していませんようにと森谷さんを見た。

   するとご本人は、にやっと笑ってこう言ったのだ。

「いやぁおもしれぇ人だなぁ。変わった人は大好きだ」


 私のひやひやは、一気にポーンと晴れた。

   そう〝言ってくれた〟のではたぶんなく、本当におもしろがっている。

   森谷さんには何でもおもしろがる態勢ができていて、それが人を明るいほうへ引っ張っていく。誰もがついて行きたくなるリーダーとは、こういう人なんだと思った。

   森谷さんもまた、私の「一生変わらないほど信じられる人」だ。ご冥福を心からお祈りします。

 

井川直子 | naoko ikawa

文筆業。