心が動けば 2018.11.10

「天の戸」の森谷康市さんと、「高清水」の加藤均さん。地元秋田でも滅多に拝めない、夢のような顔合わせのトークショーが東京で実現すると聞けば、どんな締め切りに目をつむっても駆けつけないわけにはいかない。

 森谷さんは以前、「産地という強さ」と題した回でこのコラムにもご登場いただいた、半径5キロの酒造りを実践する浅舞酒造(横手市)の杜氏。

   加藤さんは秋田酒類製造・御所野蔵(秋田市)の杜氏で、今年の全国新酒鑑評会では15年年連続金賞という、史上初の偉業を成した。


 お二人は、ジャーナリストや飲食酒店主、ライバルであるはずの同業者など、日本酒の玄人から尊敬を集めている杜氏だ。

 しかし、である。そういういぶし銀な両杜氏が登壇されるのが、「発酵食でもっとキレイに〜杜氏と味わう秋田の銘酒〜」なるキラキラした都内の女性向けイベントだというから驚いた。

 秋田の酒を愛する者にとっては、ナカタとイチローが正月対談するようなもの、という有り難さがわかってもらえるだろうか?

 なんて勝手にそわそわして、会場に着いた私は、巻き髪をかきあげて呑む女性の表情を横目で確認、きゃっきゃっと喜ぶ二人連れにはそっと寄り添い耳ダンボ。誰にも頼まれていないのに、怪しい自主パトロールをしてしまった。ごめんなさい。


 で、わかったことがある。「おいしい」は最短距離で、人の心を動かしてしまうということだ。

『高清水 デザート純吟』に「甘くておいしーい!」と叫び、『天の戸 シルキー』に「何これ日本酒?」と驚く、その瞬間、秒速で彼女たちの地殻は変動した。

 そうして動いた心の地殻に吸い込まれていくのは、遠い世界のナカタやイチローでなく、今呑んだ「このおいしいお酒を造った人」の言葉だ。


 夏は農家になる杜氏、森谷さん曰く「これほど暑かった夏はない。稲が悲鳴を上げながら、力をふり絞って実らせた米です」。

   平成10年、精米担当からいきなり新しい蔵の杜氏になって、一歩ずつ学んだ加藤さん曰く「酒造りはミラクルなことをするわけじゃありません。造ったら掃除するといった平凡なことを徹底する、その繰り返し」。


 会場には、いぶりがっこに麹漬けなど秋田の発酵食や、きりたんぽといった郷土料理が並んでいた。土地の食と土地の酒で、「土地の舌」になる。単に合う合わないを超えて、そこから見えてくることは、じつは多い。

 花寿司を珍しがる女性たちに、森谷さんはこう語りかけた。

「秋田の〝おいしい〟は、雪のおかげで野菜を塩蔵するなどの技術が生まれた。隣の人にお裾分けして〝おやぁんめごと、作り方教えてけれ〟と聞かれれば喜んで〝秘伝こ〟も明かす。そうして教え合って広めてきた食文化です」


 イベントの仕掛人は、ウェブサイト「OTEKOMACHI(大手小町)」編集長の小坂佳子さん。彼女自身、縁もゆかりも無かった秋田に赴任して、お酒や料理、それらを作る「人」に心を動かされた。

   その人が東京に戻って、またみんなに秋田の「おいしい」を伝えてくれている。秋田で味わうともっとおいしいよ、と一言つけ加えながら。