「酒の店 笹新」「サンルーカル・バー」

今月は、連載「東京で十年。」のほか、特集「真っ当な酒場」も担当しています。

特集のほうからいくと、酒場は「酒の店 笹新」。人形町の大衆酒場です。

私ごときが懸命に商っているお店に対して「真っ当」と口にするのは、どこか申し訳ない気もしますが、今、みんな何か正しい感じを求めているのかなとも思います。

電車でも気を張って、人と会うことも旅も我慢して。やるせない日常が続くからこそ、どこかでそっと、少しだけ息をつきたい。

そういうとき、酒場はひとの味方です。

「酒の店 笹新」はかつて、大皿もお客さんもぎゅぎゅっと詰まった活気のある店でしたが、今は封印。でも長年通う男性客はゆったりと、満足げに吞んでいました。

おしぼりをコースター代わりに敷きウーロンハイ、チェイサーはウーロン茶、〆鯖一皿。おそらくそれが、彼のルール。それで十分なんです。

今、過剰は要らないという気分を書きました。

真っ当であろうとすることは、日常に近づくほど難しくなる。けれど人生の大部分を日常というなら、その場所にこそ存在してほしいものだと思います。

「東京で十年。」は、神楽坂の「サンルーカル・バー」。

バーという業種は、コロナ禍で最も過酷な要請を受けた一つです。オーナー・バーテンダーの新橋清さんは休業の日々でも、来たるべき再開の時のためいつもどおりに店に来て、食事もお風呂もトイレの時間も30分と誤差なく過ごしたそうです。リズムを崩さない、ということ。

「あたりまえを続けるということが、いちばん大切で、難しい」

そう語る人の静かな10年を書いています。