鮨 いまむら

「鮨 いまむら」は、人気店でありながらあまりメディアには顔を出さないお店です。

その理由が「恥ずかしい」だったことが今回わかりました。くわしくは本誌でご覧いただくとして、店主の今井健太朗さんは、話しながらもだんだん後ずさりするような謙虚さをもつ職人。

本誌で書ききれなかったエピソードがいくつかあります。


一度、西麻布「鮨 真(しん)」に弟子入りしたいと考えた今村さん。

すでに30歳を過ぎていたけれど、親方・鈴木真太郎さんの背中を、同じ空間に立って見てみたい。ちょうど新人を募集していると聞きつけて、「食べに行って食後にお願いする作戦」を考えました。


もちろん、それまで何度も食べに行っていますが、弟子入りを申し込むとなるとド緊張です。

開店前から「鮨 真」の近所の喫茶店で待機。その間も「30過ぎを受け入れてもらえるのか?」心配で悩みに悩みつつ、開店5分前に店の前へ到着。

しかしここでもまだ、すぐには入らない。開店と同時に入店したのでは「圧が強すぎるかも?」と考えて、わざわざ2組入るのを待ってから入店しました。

「すると、見たことのない新人が迎えてくれたんです」

そう、つまり時すでに遅し……。

そんなふうに考えを巡らせ、相手のことを思いやる一拍が、今村さんにはあるような気がします。誰もが人より先に上へ行きたがる修業にあって、それは不利な気質かもしれないけれど、ただ、これを機に親方の鈴木さんは、今村さんに目をかけてくれるようになりました。


十周年目の移転エピソードもあります。

再開日は緊急事態宣言当日。ありがたいことにお客は誰もキャンセルせずに来てくれて、かえって今村さんはこう考えたそうです。

「お店のため、と思って来てくださるのならば、お客さんを苦しませないよう店側が決断しなければ」

そうして3日営業したところで休業を決定。そのまま緊急事態解除の5月6日まで真新しい店を閉め、翌7日に再開。

店主としては、その1カ月が10年で最も怖い日々になったものの、お客は見事に戻ってきました。

「鮨 いまむら」では、予約は翌月分までしか取りません。やけに細かい土日の営業時間は「週末だから、ちょっとゆったり過ごせるように」との気持ちです。

そういうお客への思いやりも、しっかり届いていたのでしょう。


最後に、今村さんが何度も言っていた「この店は僕ら夫婦の、つたないなりの人生表現です」という言葉をタイトルにしました。

妻のくるみさんは、今村さんいわく「僕は才能がないし臆病、でも彼女は飲食人としてのポテンシャルが高くて物怖じしません」という正反対の性格。だけど20年、毎日同じものを食べ、週末は一緒に外食に出かける睦まじさです。